新しい眼鏡を買った話

 今かけている眼鏡の度数が合わなくなってきたので新しい眼鏡を買いに出た。お昼時の太陽光はとても気持ちが良く、久しぶりの外出だったこともあり、なんでも許してしまうくらい穏やかな気分だった。

  近くの眼鏡屋を検索し、でてきたところに行こうと思ったのだが、クチコミがものすごく荒れていた。店員の態度が悪いとのことだったが、私はいま気分が良いし、そういう話を聞くと逆にどんな接客をされるのかワクワクするタイプの人間なので、なんの心配もなくその眼鏡屋に向かった。

  店に着き、いろいろと眼鏡を見て回り、すこしばかり冒険してみようかなと、レンズが真ん丸の眼鏡や、顔の3分の1がレンズで埋まるほど大きい眼鏡などをかけてみるが、まったく似合わない。こういうオシャレな眼鏡が似合うのは、たぶんオシャレな顔をしている人だけなのだろう。凡人には無理だ、と少し悲しくなったが、それよりもオシャレな眼鏡を試着しているタイミングで店員に話しかけられたことの方がよっぽど精神的にきた。

  最先端のAIが、おすすめの眼鏡を選んでくれるとのことだったが、私を哀川翔と勘違いしているのか、細くてとんがっている眼鏡しか紹介してくれなかった。仕方がないので、冒険するのはやめ、いまかけている眼鏡とほとんど同じ形のフレームに決めた。

  かなり若い男性の店員に声をかけると、在庫を確認しますと言って、奥の部屋に消えていった。思ったより長く、マイケルジャクソン2曲分くらい待たされたが、まだ気分は良かったので、別にどうとも思わなかった。そして、“こちらでよろしかったですか?”とだされた眼鏡が、色もフレームも私が選んだ眼鏡と全然違ったが、それでもまだムカつきはしなかった。「いえ、ちょっと違います。コレです。」と言うと、「あ、はい」とだけ言ってまた奥に消えていった。クチコミを書いていた人は、もうこの接客で怒っているんだろうなー、私は優しいなーなどと思っていたら、今度は比較的早く、ビートルズ1曲分くらいで出てきた。だが、その人は、さっきの彼ではなく別の男性だった。「お待たせしてすみません。」と、私の前にある引き出しから私が選んだ眼鏡を取り出した。“え、そこにあったんだ、じゃあさっきの人はなんだったんだろう”と少しムカついたが、口には出さず(顔にはでていたかもしれない)、「あ、ありがとうございます。」とお礼をいった。

  次に、視力を計ったのだが、これもなかなか苦戦した。はじめにだされた文字がもうすでに全然見えなかったのだ。こういう時、素直に「わかりません」と答えられる性格ならよかったのに、私はなぜかムキになって、見えない文字をほとんど勘で答えた。「い、こ、け」すると、「はーい、じゃあ次はコレですねー。」と、また一段と小さくなった文字が出てきた。いや、ここまでくるともう、文字だか、あの一部が欠けた円のやつ(ランドルト環というらしい)なのか、それともモニターについたゴミなのかの判断もつかない。というか、レベルを上げられたということは、さっきの問題に正解したという事なのだろうか?だとすると、それは勘が良かっただけであって、視力のお陰ではない。なんだか複雑な気分になりながら、このまま勘が当たってしまうと、度数が合わない眼鏡が出来てしまうと思い私は、「わかりません」と素直に答えた。なんか負けた気分だった。

 その後、かなり大きい文字に戻してもらって、勘を使わず答えられるようになったが、だんだん見えなくなってくると、お昼時の空腹に視力が影響を受けたのか、「は、ら、み」や「に、つ、け」などの食べ物の名称が出てくるようになった。それが当たっていたのかどうか分からないが、たぶん、それを言うたびに文字が大きくなっていったので間違っていたのだろう。でも、ふざけている訳ではないのだ。私は本気で文字を読み取ろうとしていた。ただ、「け、つ、げ」と答えると、「濁音は出てきません!」とかなり本気で怒られた。それは、私の間違いだったと反省した。だが、奥の部屋からこの様子をみていたさっきの彼が、吹き出して笑ったことに関しては、私はかなりムカついた。